うつの苦しみは、本人と体験した人にしかわかりません。
私も自分がうつになるまでは、うつの苦しみを理解していなかったと思っています。
実際になってみたら、そこから抜け出せるまで本当に苦しい思いをしました。
でも克服した今は、少しでも危険な兆候が見えたらすぐに対処できるようになりました。もちろん置かれた状況によっては必ずしも回避できるわけではないと思いますが、少なくとも自分が発信する危険信号には気づけるようになっています。
(→もしかしてうつかも?人に言えないと悩む前に気づいてほしい5つのシグナル)
そこで私がどうやってうつを克服したかをお伝えしたいと思います。
同じ苦しみの中にいるあなたが少しでも前を向けるようにお手伝いできたら嬉しいです。
もくじ
HSPと防衛的悲観主義
私がうつになったそもそものベースは、HSPだからかもしれません。
人の気持ちに深入りせず「仕事」と割り切っていれば、乗り越えられたのかもしれないという気もしないではありません。
HSPとは敏感・繊細で、強すぎる感受性を持っているという気質のこと。
(→【HSP】人より敏感で感受性の強い気質「HSP」は生きづらい?)
うつになった当時は自分がHSPだとは気づいていませんでしたが、それを自覚した今でも、私のやってきたことは間違っていたとは思いません。
人の気持ちに寄り添えない自分にはなりたくないですから。
私の失敗は、我慢してしまったことだけです。
そして私には、もうひとつ特性のようなものがあります。
それが「防衛的悲観主義」です。
とあるセミナーで私が防衛的悲観主義者だと教えてもらったことがあったので、HSPを知らなかった当時の私は、その「防衛的悲観主義」というのが自分の気質のようなものだと認識していました。
防衛的悲観主義とは、簡単にいえば物事において常に最悪の事態を想定して臨むことです。
私の場合はたぶんHSPという気質から自然に生まれたものだと思います。
私は常に最悪を想定して、その事態にどう対応するかまでを決めてから行動を起こす習慣が身についています。
最悪な事態が起きた時に自分が受ける精神的ダメージを減らすために心の準備をする、といったところでしょうか。
その結果、行動を起こせないことも多々あります。
早い話が「石橋を叩いて渡る」どころか「石橋を叩いて渡らない」といった感じです。
でも渡らないことで起こるデメリットも考えるから、抜け出せなくなることもしばしばあります。周囲には「よくそこまでネガティヴな発想ができるね」と呆れられることも。
そんな豆腐メンタルですから、そりゃ追い込まれても当然ですよね。
うつになった原因、つきまとう義務感と変化への恐怖
私がうつになったのは仕事が原因ですが、おそらくHSPの繊細すぎる気質も一因だったと思います。
……いや、私の後任者も3ヶ月で笑顔が消えたらしいから、上司の無神経ぶりはHSPでなくても破壊力が半端じゃなかったのかもしれません。
ともあれ、私のうつは主に仕事が原因でした。
うつになった私は、常に自分を責め続けながらも義務感に囚われ続けていました。
うつになった詳細な過程は、途中まで書いて現段階で下書きとして保存してありますが、思い出すだけで潰されそうになるので、なかなか筆が進みません。
また、公開することでHSPの方が読んでくださったとして、共感して引きずられてしまう懸念もあるため躊躇しています。
書き終わってから改めて公開するか迷うことにします。
簡単に状況だけ説明すると、当時の私は派遣会社に勤務していました。
業務内容は派遣業におけるすべての業務。事務処理、営業、コーディネーターを結果的に一人で背負わされました。
主に仕事のことが原因でうつになった私ですが、とにかく「辞めることは許されない」「逃げるわけにはいかない」という考えは消せませんでした。
私が辞めることで迷惑がかかると思い込んでいた、派遣スタッフさんや客先のこと。
そして、環境の変化への恐怖心。
「仕事を辞めたらもう就職はできないかもしれない」
「新しい職場で出会う人たちと馴染めないかもしれない」
人と接することが疲労に繋がるHSPにとって、新たな環境に身を置くことはものすごく勇気の要ることなんです。
そんな考えに陥っていたせいで、医者から何度も何度も休職や転職を勧められても「それだけは出来ません」と言い続けていました。
たったひとつの拠り所
うつのせいですべてに興味がなくなり、それまで休みのたびに足を運んでいた好きなバンドのライブやモータースポーツ観戦にも、全く興味がなくなっていました。
それでも、精神科に通って抗うつ剤を服用するようになってからは、唯一の心の拠り所として私が応援しているレーシングドライバーのブログは、たまに読むことができていました。
私がそのドライバーのファンになったのは、ご本人には失礼だと思いますが、初めて会った時に私と同じメンタルの匂いを感じたからなんです。
- どんな負け方をしてもチームやマシンのせいにせず、常に自分が悪いと受け取る。
- 人見知りが激しい。
- ポジティヴなことを言おうとしていても、必死で前向きになろうとしている裏側が見え隠れしている
- 心を許した人の前では饒舌だけど、それ以外の人の前では口数が少ない
- 防衛的悲観主義者である(本人談)
そんな彼の姿に自分を重ねて、どんなに負けても自分に立ち向かって戦い続ける彼を応援し続けていました。
私がうつを克服できたきっかけの言葉
そんな彼が、ある日ブログに書いていた言葉で私は目を覚ますことができました。
トップカテゴリに上がってからずっと伸び悩んで成績を出せずにいた彼が、コースアウトして派手にクラッシュしたことがあったんです。
ご本人がそのことを振り返った記事でも「完全に自信をなくした」と言っていました。
ところが、そんな彼に「コースアウトするほどにプッシュした自分に胸を張れ」と言った人がいたそうです。
防衛的悲観主義の彼が、滑りやすい路面状態でアクセルを踏み込むことがどれだけ難しかったか。
そんな自分を変えるために踏み込んだのだから、自分を誇れと。
ものすごく衝撃を受けました。
私と同じようなメンタルを持っていると思っていた、防衛的悲観主義者で私よりずっと年下の男の子が、自分を変えるために一歩を踏み出したのです。
じゃあ、私はどうする?
彼は踏み出したのに、私はこのままでいいのか?
踏み出すことは、逃げるんじゃなくて「変える」ためじゃないのか?
失敗を恐れるはずの彼が、自分を変えるために踏み出した。
だったら私にだって出来るんじゃないだろうか?
「そんな自分を変えるために踏み込んだのだから、自分を誇れ」
この言葉が、私がうつから抜け出すために背中を押してくれたのです。
今では「実は彼もHSPなんじゃないだろうか」と思っていますが、真実はわかりません。
うつからの回復の兆し
私は、自分が応援するレーシングドライバーに救われました。
彼が踏み出したおかげで、私も踏み出すことができたのです。
そのブログを読んだ日に、私は「今年いっぱいで退職する」と決意を固めることができました。
それから私は、退職日までの出勤日数を数えて、会社のPCに導入していた「デスクトップ付箋」というソフトに残り日数を書き、出勤するたびに1日ずつカウントダウンをするようにしました。
不思議なことに決意を固めると、それまで完全に失くしていたはずの思考が戻ってきたんです。
私がいなくても会社は回る。
私がいなくても、スタッフさんはそれぞれ自分の人生を切り開けるはず。
派遣会社なんてウチだけじゃないんだから、客先もスタッフさんもどうにかする。
会社の評判がどうなろうが、私の知ったことではない。
こんな上司のために私の人生を犠牲にする筋合いはない。
そんな当たり前の考えが、私の中に生まれました。
そして、それから私は半年かけてひたすら引き継ぎマニュアルを作成しました。仕事の合間に作ったので、時間がかかってしまったのです。
12月末付けで退職するつもりだったので、後任者を募集するための猶予として、2ヶ月前に退職を打ち明ける予定で進めました。
いざ上司に退職を伝えたら「な、なんだ、何が問題なんだ」と慌てたのを見て、「あんたが死ぬほど嫌いなんだよ」と心の中で呟いた自分の変化にも驚きました。
もちろん口にはせず、「運送業に戻りたいので」という絶対に引き止めようがない理由を口にしました。
うつを克服するのは、並大抵のことじゃありません。
でも、克服した人はいっぱいいるんです。
抗うつ剤からの離脱には苦労しましたが、それでも動けた自分への感動と興奮から乗り越えられました。
「仕事を辞めます」と告げたときの、医師のホッとした顔も覚えています。
うつを克服するのに必要な方法はいろいろあると思いますが、私が今でも思っているのはふたつです。
・とにかく原因から逃げること。逃げても必ずどうにかなる。
(逃げるのはストレスからであって、自分の道から逃げるわけではない)
・同じメンタルの人が前を向いた話を探すこと。
この出来事のあとに転職した私ですが、実は転職後にもいろいろあって、ある日突然泣き出したことがありました。
その時に私は過去の経験から「これはまずい。これ以上はまたうつになる」と気づくことが出来たので、すぐに退職することができました。
うつになる前にストレスから逃げ出すことに成功したのです。
うつを克服する方法の中で最も大切なのは、逃げる勇気・踏み出す勇気です。
自分の命を犠牲にしなければならないことなんて、そうそうないんです。
おまけ:その後のこと
私が派遣会社を退職したあと、スタッフさんたちが何度か飲み会に呼んでくれました。
彼女たちが口を揃えて言ったのは「西永さん、よく我慢してましたね!」「何あの最低上司!」「もっと早く逃げればよかったのに!」といったことでした。
そして、彼女たちはみんな半年以内に辞めていきました。
心苦しく思っていた私を察してくれたのか、みんながみんな「西永さんがいてくれたから続けてたけど、もういいんです。未練なんかありません。おかげで安心して辞められます」と言ってくれました。
そして、「派遣先の所長が『西永さんに会ったら、帰ってきてって伝えておいてくれ』って言ってましたよ」と笑っていました。
私を追い込んだ上司は私の退職後にあちこち迷惑をかけまくった上に、仕事が回らなくて悲鳴を上げていたようですが、私の知ったことではありません。
むしろざまあ見ろという気持ちでいっぱいです。
……性格悪いですね……。
私の後任者が3ヶ月で笑顔が消えたという話を聞いたときは心が痛みましたが、すぐに退職したとの報せも聞いて、今度こそようやく安心できました。
まとめ
- HSPの人はうつになりやすい傾向がある
- 義務感と「逃げちゃいけない」という思い込みがうつを悪化させる
- 自分と近いメンタルの持ち主の存在が唯一の拠り所だった
- うつを克服するには一歩踏み出す勇気を持つこと
- 逃げ出す勇気と、メンタルが近い人の体験談に耳を傾ける
自分でいうのもなんですが、うつになる人は責任感が強かったり、優しすぎたりするようです。
それは欠点だとは思いません。人として必要なことだと思っています。
大切なのは、そんな自分をしっかりと見つめ、限界に気づくことです。
私は今、あの頃が嘘だったかのように幸せな日々を過ごしています。
絵に描いたような幸せではないかもしれないけれど、家族や友人と笑い合えることは、私にとって何よりも幸せなことなんです。
あなたの心に一日も早く平穏な日々が戻るよう、心から祈っています。
大丈夫、ひとりじゃないから。
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